体育会TVに出演の松井秀喜とジータの仲は?引退理由と引退後は何してる?

テレビ欄をチェックしていると、4月25日の放送で元巨人の松井秀喜が、あの元ニューヨークヤンキースで活躍したデレク・ジーターさんを故郷石川県でおもてなしするみたいですね!いや~とても豪華な共演ですね!松井秀喜と言えば、あのゴジラと呼ばれ、巨人とヤンキースで活躍した名選手ですよね!デレク・ジーターさんはヤンキースで長年主将をしていた人で、すごい人なんですよ!というわけで、今日は松井秀喜について調べてみましたよ!また、この二人の仲が一体どうなのかも調べてみました!

スポンサーリンク

 

1:松井秀喜ってどんな人?

松井秀喜

画像引用:http://matome.naver.jp/odai/2138683765701769801/2138690399446815303

まずは、松井秀喜さんの簡単なプロフィールから紹介しますね!

松井秀喜(まつい ひでき)

生年月日:1974年6月12日

出身地:石川県

身長:188cm

右投げ左打ち

二男として生まれます。生まれた時から、3920gの大きい赤ちゃんで、保育園の時には、入った保育園史上最大の園児と呼ばれ、すでに8歳児ぐらいの大きさだったんだそうです。やっぱりこのころからすでにゴジラだったんですね。(^_^;)

3歳上の兄に触発され、小学4年生に一度は辞めた野球を再度行うようになる。平行して、相撲や柔道ピアノもたしなみます。あのゴツそうな外見からピアノをやっていたなんて意外ですね!(失礼!)

中学生になると、柔道を続けるか悩みましたが、野球を選び、本格的に野球に打ち込むことになります。そして、高校は高校側の監督が熱心に誘ったこと、中学の監督と相談した結果、星陵高校に進学します。すでに、松井を高く評価していた監督は、松井を1年生から4番に起用します。この結果、「北陸の怪童」「星稜恐怖の1年生4番」と名前が広まるようになります。高校野球での4番ってまず3年生が担当するイメージがありましたから、1年生を4番に器用するなんて、それだけ松井の能力はこのころからすでに抜きんでてたんでしょうね!

そして、高校3年生のときには、夏の甲子園で異例の5打席連続敬遠もあり、星陵高校は2回戦で敗退します。当時は、高校野球連盟も記者会見を開く等、社会問題になります。5打席連続敬遠って、松井さん以外にいないでしょうし、今後も出てこないんじゃないでしょうか?個人的には、あれほどの高校生なんですから、敬遠は仕方なかったんじゃないかと思います。高校野球といえども、チームの勝敗や球児たちの進路がかかっているんですから、敬遠することは悪い事じゃないと個人的には思います。そして、1992年のドラフトで抽選の結果、巨人に入団します。

プロ初のキャンプで、いきなり150m級の場外弾を連発し、存在感を示します。プロに入って最初はプロの球に適応できず、なかなか成績をあげれませんでしたが、長嶋監督のマンツーマン指導や自らの努力もあり、成績を向上していきます。そして2000年には、キャリアハイの打率316、HR42本、打点108をたたき出します。

巨人にいた時の松井は、オーラがありましたね!どんなエース級の投手でも力負けすることはまずなかったですし、打った瞬間ドームの看板直撃の大きいホームランを何本も見せてくれましたね!バッターボックスに立つだけで、長打やHRを打ってきそうな雰囲気を漂わせていましたね。今は、日本のプロ野球界ではそんな打者はいないですね。寂しい現状ですが、私が見た範囲では、松井秀喜は日本人史上最高のスラッガーだと思います!そして、2002年に海外FA権を行使してヤンキースに移籍します。

2003年、ヤンキースの一員として、キャリアをスタートします。当初は、メジャー投手がよく使う、打者の手元で変化する変化球の対応に苦労し、ゴロの山を築いていましたが、当時の監督のジョー・トーリー監督のアドバイスが功を奏し、調子を上げていきます。そして、2009年には、9年ぶりの世界一に貢献し、ワールドシリーズで日本人として初となるMVPにも選ばれました!これはすごい快挙ですよね!あのヤンキースという名門チームで世界一に貢献し、しかもMVPを獲得したんですから日本人として鼻が高かったですよ!

しかし、この年、ヤンキースからのオファーはなく移籍する事になります。MVPを取ったにも関わらず、どうしてヤンキースはオファーを出さなかったのか、個人的に今も謎です。せめて、もう1年やってからの成績で判断して欲しかったですね・・・。

その後、エンゼルス、アスレチック、レイズと渡り歩き、2012年の12月に引退します。日本はもちろんですが、アメリカでも大きく取り上げられ、アメリカ国内でも引退を惜しむ声が多かったのは、アメリカの人達も松井をきちんと評価してくれて個人的に嬉しかったですね。^^

2:松井秀喜の引退理由と引退後は何をしているの?

 引退の理由は本人が語っていますが、シンプルに結果が出なかったからと述べています。金本さんとの対談でこのように述べています。

金本:パフォーマンス落ちたのは、体力?筋力?

松井:そういうところで感じたことはないんですよね。走ったりとか。振ったりとか。なんですかね。ただ結果が出ないということは何かがおかしいんだろうなって。自分なりにはその時、その時・・・。とにかく結果が出なかった。そこですよね。

金本:やればいいと思うんだよな。

松井:その気持ちはもちろんあったんですけどね。自分のいいイメージが・・・。自分自身が追いかけすぎたんでしょうね。ファンの方がそこまで期待していないかもしれないですけど、自分自身がそのイメージを追いかけすぎて“自信ないな”ってなりましたよね。

引用:http://news.livedoor.com/article/detail/7641831/

そして、結果が出なくなったのには、私の考えでは、やっぱり膝の故障が大きいんじゃないかと思います。1998年に膝の怪我をしてからは、膝の状態が良くなく、それがメジャーリーグに行っても続いていたと思います。松井選手が所属していた巨人のホームスタジアムは、人工芝で、今は改善されてますが、当時はアスファルトの上でプレーしている状態でしたから、体の負担は相当大きかったと思います。もし、阪神タイガースや広島東洋カープみたいにホームが天然芝の球場のチームに所属していたら、また結果は違っていたかもしれないですね・・・。

松井の引退後は、まず2013年に長嶋茂雄氏と共に国民栄誉賞を受賞します。長嶋さんはわかるけど、松井は個人的にまだちょっと早いように感じました。もちろん実績は申し分ないですけどね。その後、元同僚のジータ選手やリベラ選手の引退セレモニーに出席しながら、2015年の3月にヤンキースの特別GM補佐に就任します。具体的には、年間を通じてマイナーチームを巡回し、監督やコーチと一緒に打撃向上に努めるのが仕事です。要は、打撃方面のチームと監督、コーチとの橋渡し役と言った所でしょうか。ヤンキースのフロントに入ったという事で、将来はヤンキースのコーチや監督の可能性もありますね!アメリカの人達にも評価されている松井ですから、楽しみです!

3:松井秀喜とジーターとの仲は?

ヤンキースで長年主将をしていたジーターと松井はとても仲が良い事で有名です。エピソードを紹介すると、

社交辞令ではない。ジーターの目がそう訴えていた。初めて出会った2003年2月以来、食事に誘ったり、ときには自宅でのホームパーティーに招いたりと、何かと気にかけてきた。

引用:http://web.archive.org/web/20050227034557/http://www.sanspo.com/mlb/top/mt200502/mt2005022601.html

自宅にも招待してくれるなんて、本当に仲良い友人でないとできない事ですよね!この他にも、松井が引退する時には、球団公式ウェブ上で、惜別のメッセージを送ったり、震災で被害にあった子供たちを支援するチャリティーイベントを松井と一緒に行う等、二人の仲の良さが伝わるでしょうか?!

松井もまた、ジーターを尊敬しており、ジーターと少しでも話をしたいために、英会話の勉強をしたり、ジーターのリーダーシップを高く評価しており、ジーターをサポートしていきたいと思っていたようです。やはり、名門ヤンキースで長年主将を担ってきた選手であって、ジーター選手は成績はもちろん、同時に人格者なんでしょうね。

4:まとめ

というわけで、今回は4月25日放送予定の「炎の体育会TV」に出演する松井秀喜について紹介しましたがいかがだったでしょうか?今の日本プロ野球界を見ると、選手達は一生懸命頑張っているんですけど、打者に関しては松井選手を見てきた者としては少し物足りなさを感じます。それだけ、松井選手はすごい選手だったんだと記事を書きながら改めて思いました。そんな松井とヤンキースのジーターが出演する4月25日放送予定の「炎の体育会TV」を見てみてはいかがでしょうか?!そして、これからの松井の動向にもチェックしてみてはいかがでしょうか?!

スポンサーリンク

シェアお願いします!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローお願いします!